カンボジア旅行記

平成24年12月3日関空から出て韓国のインチョン経由でカンボジアに行きました
夜日本時間で11時頃シェムリアップ空港に着きましたが夜中と言うのにその蒸し暑い事
虫がいっぱい飛び交っていました。
日本を出る時皆コートを着ているので慌ててぬく始末です

飛行場もカンボジア独特の建物で今まで見た空港とは違いました。
ホテルも今まで見てきた外国の物と違っていました

最初にガイドブックを見た時、飲み水は勿論、歯を磨いた後のうがいも水道水を使わないように書いてありました。
その為日本から水を買ってトランクに入れてそれで歯磨きしました。
他の3人の方が水をどのように使われたのかわかりませんが病院で治療を受ける始末でした。
1人の方はアンコールワットだけの観光で後は病院という情けない旅行になりました。

朝1番に有名な世界遺産のアンコールワットの見学です。
世界遺産と言う大切な遺産にポルポトが銃弾を撃ち込んだ跡が生々しく残っていて何と言う無残な事をするのか
多くの国民を殺して改めてポルポトに激しい怒りが湧いて来ました。
それを支援し続けた中国にも激しい怒りを覚えます。

ただでさえ中国のやり方に常日頃から嫌悪を覚えているのに、今さらながら1番嫌いな国です

             

         シェムリアップで宿泊したホテル            世界遺産の有名なアンコールワット         水面に映るアンコールワット

カンボジアは暑い国なので、朝観光したら1度必ずお昼にはホテルに戻り3時まで休みを取ります。
その間日本人は寝る事も出来ず、3時にバスが迎えに来るまで何となく落ち着かない時間を過ごしました。
夕食は広い敷地の中にあるレストランでカンボジアの民族踊りの舞台を見ながらバイキングを楽しみながら見ましたが
踊りはやたら長く、お世辞にも上手とは言えませんでした。
下の写真はクメール伝統舞踊アプサラダンスです

                      

その後オプショナルのナイトウオーカーで夜店に行きました。
コブラや蛙や我々日本人には見た事もないようなゲテモノがいっぱい売ってありましたが、とても手に出来るものではなく
早々に現場を離れましたが、そこで又信じられない光景を目にしました。

父親が屋台でゲテモノを焼いているその足元で7カ月位の男の子がすっ裸で石の上に転がしてありました
最初死んでいるのかと思いのぞいたら頭を動かしているので本当にびっくりです。

暑くて虫も飛んでいてそれを払うのに大変なのに、泣きもしないで、どうしてそこまでして子供を生むのか?又奥さんは子供を捨てて
逃げ出したのか?未だに信じられません。
その夜別の夜店で初めて本場のマンゴジュースを飲みました。さすが本場とても美味しかった

別のオプショナルでトンレサップ湖クルーズを楽しみましたが、ここでも船上家屋の危なっかしい家や大きな蛇を肩にかけて写真を取らせて
お金を貰う子供達がたくさんいました。当然学校にも行けず。
私は世の中で何が嫌いかと言えば蛇ほど嫌いなものはなく早くここを離れたくて、辛い時間でした。

水上住宅には学校、警察、消防署、教会、陸上と同じものがすべてありました。
消防署等何故要るのか良くわかりません。

船で遊覧している間、3年生位の子が肩のマッサージに来ました。
サービスかと思っていたら、1ドル取られました。父親の船で学校にも行かずお客の肩のマッサージとは何とも可哀そうな事です。

本当に日本人の引き篭もりとか、登校拒否など許せないと思います。甘ったれるんじゃないと言いたくなります
皆学校へ行きたいのにそれも叶わず働いているのに、可哀そうでなりません

       

アンコールトム

これも世界遺産です
素晴らしい彫刻が所処に施されていました。古い建物です
ヒインズー教の寺院だと言う事でした
でもどの遺跡も大した変化もなくアンコールトム当たりでは正直飽きて来ました。以下の写真はアンコ-ルトムです
カンボジアの遺跡はすべて東を向いているそうで、何か意味があるのでしょうね。

                     
    

                 

以下は露出している木の幹です

                      


                                                                    
            
                           木の根が地面に長く張り出している幹、このような状態でも木は生きているんですね
         木は枯れていません。 樹齢何年でしょうか?雨季が多いからなのでしょうか?信じられません

カンボジアの旅行で感じた事書いてみたいと思います

とにかく貧しい国で学校に行ける子供は全体の何割なのでしょうか?
裸足は半分くらいいたような気がします。
1番びっくりしたのは小学校6年生位の男の子が上から下まで素っ裸チンチン丸出し、勿論足も素足、
生まれてから1度も服を着るという経験がないのだと思います
もう少し大きくなったら当然身体に変化が出る時どうするのか気になりました。

子供の物乞いも多く最初は少しあげていましたが、きりがないので止めましたが、信じられないのは必ず仏を拝むようなしぐさをする事です。
こんなみじめな暮らしをさせられているのに仏を拝むという動作が私には理解出来ませんでした。

信号は殆んどなくオートバイで道路はあふれ,免許証はいらないという危険極まりない所で1台のバイクに最高6人まで乗れるそうです
聞いただけで鳥肌が立ちます

ポルポトの戦争でそこここに地雷が埋められそれにあたって負傷した人を多く見ました
戦争を仕掛けたのは国なのに障害を負っても国はなにも保証もしてくれないのだとガイドさんが言っていました
それでも皆乞食をしても、ストもせず本当に可哀そうでした。

ガイドさんがこの道路は日本人がつくってくれた、遺跡は上智大学の研究チームが修理してくれていると、とても感謝していると何度も聞きました。
中国のように訳のわからないいちゃもんをつけるような国に爪の垢を煎じて飲ませたいそんな思いです。


私達は冬で乾期だから出かけましたが、それでも36°の暑さでしたが、ガイドさんの話によると、日本人は夏の暑さを避けて来る為、
この時期は忙しくガイドは潤うそうですが、夏は余りの暑さで日本人は来てくれないので、ガイドは暇で痩せるそうですが、
他の国の人は来るけれど暑さの為大抵3~4人は倒れるそうです。

逆にカンボジア人は冬14度迄下がると大抵お年寄り3~4人は死ぬそうでどういう身体なのか不思議です
ガイドさんは日本語を習う為小学校4年生の時毎朝4時に起きて自転車で1時間かけて先生の家に勉強に通い今の自分があると言っていました

この国はとにかく電気代が高く、ベトナムの5倍かかるそうで、常に節電をこころがけ、裕福なお店は自家発電しているそうですが
私達がお土産屋に居る時も停電になりました。

暑い国でも冷蔵庫があるような家は少なかったように思います。
電気代が高いので企業の誘致に外国の企業は中々踏み出せないそうです。

オートバイの荷台に豚や鶏がケースに入れられ運ばれて行くのを見ました
大きな声で鳴いています。
聞けばこちらでは、夕食にお膳に乗るだけ朝出荷して、いっさい冷蔵庫や冷凍庫に入れないそうです
豚は本当に生まれてすぐ位の小さな豚で、いつも食べていても、夕食に今泣いているのが出されたらと複雑でした。
トイレの紙がやたら薄く10cm間隔でミシン目が入っているので、使いにくく節約のつもりでも返って余計に使うような気がします

あの大きな世界遺産のアンコールワットが国の所有ではなく大きなホテルの所有物と聞いてただただびっくりしました。
アンコールトムも個人の所有だとか。
貧富の格差が酷すぎます。





 


                                                                                                                                             
  












 









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