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近江八幡日帰りの旅


2008年8月21日 スーパーサンコーさんの日帰り旅の抽選に当たり、近江八幡への旅を楽しみました。

前日ひどい土砂降りで行こうかどうしようか迷いましたが、朝6時に出かけました。
近江八幡という地名は知っていましたがそこに何があるのか知りませんでした。
彦根城の近くという事以外は。
近江八幡についたら、昔の商人の古い格子戸の家並みがづーと両側に並んで綺麗でした。
八幡彫りも有名だそうです。

そこからケーブルで5分ほど山を登りましたら、秀吉の甥の秀次のお城跡につきました。
その当時関白?だった筈ですが、意外と小さな敷地なので驚きました。
信長の安土城の目と鼻の先に造られていて、信長自害の後造られたそうです。

秀次がどれだけの武将だったか知りませんが大した手柄は立てていないと思いますが、
甥で跡継ぎだというだけで、栄耀栄華な生活を送り、28歳という若さで自害させられた時、正室の外側室34人
子供10人ぐらいいたそうで、しかも側室の一人が正室の娘だったとか、まさに気狂です。
こんな気狂の為にあたら若い娘さんが首を切られ何の為の人生だったのでしょうか?
私は生涯この男を許すことは出来ません。

この男がずっと生きていたら、1000人ぐらいの女性が惨めな一生を送っていた事でしょう
お寺で賽銭を頼まれましたが、お金を出すどころか思わず地獄にそのままいろと言いました。
手を合わせるどころか自業自得です。

女性だけでも助ける事が出来なかったのでしょうか?
そのことだけは秀吉を恨みます。
秀長が生きていたら、決してこのような無謀な事はさせなかっと思います
大切な人は長生きしてもらはないと。








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